つづら箱

日々感じたこと、思いなどを形にとらわれず、自由に書いてます

暗闇

真っ暗だと、何も見えなくて、不安になる。

自分が、どこにいるのか分からず、時間さえ止まってしまう感覚を覚える・・・

不安、不安、不安が進化して恐怖に変わる。

心の中の暗闇は、そんな状況と重なる・・・


ほわっと、灯る微かな灯り。

その微かな灯りは、不安も恐怖も消し去り

代わりに安心を運んでくる。


心の暗闇に灯る微かな灯りは、小さな希望をもたらして、明日への勇気を与えてくれる。


まだ、暗闇の中で不安と恐怖に怯え、じっと身をひそめて耐えていたのなら、たとえ周りが見えなくても、よく目を見開いて辺りを見ようとすれば、きっと見つかるはず、微かな灯りが灯っていることを・・・小さな、小さな灯りが・・・ほらね

雪の主張

朝、季節はずれの雨が降っていた。
やがて雨はみぞれに変わり夕方には雪に変わった。
雪は朝、雨が降っていた事を打ち消すように、激しく降ってきた。
雪は主張する。
このステージは、私のものと・・・
しだいに風を巻き込んでホワイトアウトを起こし視界が真っ白になった。
アクセルをもどしハンドルを握る手に力が入る・・・もう、わかったから、このステージは、確かに貴方のものよ。
・・・雪はやっと気がすんだのか小降りになった。
そして・・・・・夕飯がカルビ丼からキムチ鍋に変わった。


心の色

空気は、いつもと同じ冷たいけれど、窓から差し込む太陽の光が私の心にも差し込んで
私の心が淡い光の色に染まった。
心の色が変わると、目に映るものも変わって見える。
今まで感じてきた、心の中の棘の痛みも和らいで、久しぶりに穏やかな気持ちになれる。
もう、自分を許してあげよう・・・
そこから開放してあげよう・・・



心の中で声がした。



やさしい太陽の光は、私の心の隅々まで入り込み心の中の汚れた部分さえもきれいにてらしてくれた。
しぜんと涙が頬をつたい外の景色をただぼんやり見ていた。

こころざし

一日一歩前に進めば少しずつ前に進むけど
一歩進んで二歩さがると毎日、後退していく・・
一歩でも進んでいけば、上出来・・・
時に、意志の弱い怠け者の自分は何をするにも、途中挫折・・
そんな自分と、もう、いい加減、決別しなければと、年のはじめに志す!
まずは一日一歩から・・・
ローマは一日にして成らず。
千里の道も一歩から。
塵も積もれば山となる。
・・・毎年恒例の志・・今年は、きっといつもと違う・・と自分に言い聞かす・・

ナイ、ナイづくし

私がまだ、小学生だった頃、家には水道もなく、お風呂もなく、テレビもなく、
電話もなかった・・・ナイナイづくし。
おまけに、住んでいる家は、ひとつ屋根の下、牛と一緒だった。
岩手には、曲がり家と言って、馬と一緒という家があるが、あのような代物ではなく、
ほんとに、壁ひとつで区切られた牛小屋と言った方がしっくりくる。
その小屋は父の兄の所有する小屋で、住む家を持ってない父に住まわせてくれていたんだろう。
ちなみに、アパートなど、もちろんないので・・


水道
水道のかわりに水甕があり、バケツで近くの山から水をくんで水甕に貯めていた。
私は、学校から帰ると、まず、バケツ一杯、水をくみに行き、その後、友達とお風呂の薪拾いに行った。その頃は、どこの家でも石油などなく、お風呂は山から薪を拾ってきて
沸かしていた。薪で一番、重宝なのが、杉の葉。
これが、よく燃える・・でも、よく乾燥していないものだと、悲惨!!
煙が、モクモクくすぶって煙くて煙くてたまらない。


お風呂
お風呂は、牛小屋の目の前に父の兄の家があり、つまり、おじさんの家のお風呂を使わせてもらった。
おじさんの家のお風呂は五右衛門ふろで、大きな鉄なべのような風呂。
風呂に入るときは、鉄なべに板でできた底板を浮かべ、それに乗っかりながら入らなければならない。
小学生の私は、いつも、おばさんに補助されながら、おそる、おそる入ってた。
まるで、自分が釜茹でにされてるような気分になりながら・・・・


テレビも電話なかったあの頃から40年以上たった今。
たしかに、あの頃は、ナイ、ナイづくしだったけど、なぜか懐かしく思い出すのはなぜだろう。